妊娠・出産

2006年9月30日 (土)

お気の毒…

 昨日の健診のとき、ビクス仲間に偶然出会いました。
 出産が済むとマタニティビクスは自然に卒業…となるので、1か月ぶり。
 そこで他の仲間たちの近況を聞いたところ、

 
「1人、予定日10日過ぎてもまだ出てこなくって、昨日のビクスでもみんなに『まだ?』って言われてたよ」

 
・・・なんとお気の毒な。
 予定日が過ぎてからのつらさは、私も
ともくんのときに経験済み。
 無事生まれてくれるまではやっぱり安心できないから、不安でしょうがないんだよなぁ。
 初産のときはお産への不安もあるし。
 しかも実家からも
「気配はまだない?」って連日電話かかってきたりすると、心配で連絡くれてるんだと分かってはいても、そのうち申し訳なくなっちゃって。
 私は1週間であれだけつらかったんだから、10日過ぎてる彼女はもっとつらいだろうなぁ。
 生まれてしまえば
「あんなこともあったね」くらいのことだし、おかげで2人目のときは「少々遅れたって平気よ」って度胸もついたけど。

 今日あたり、彼女が元気な赤ちゃんと対面していることを祈るばかりです。

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2006年9月25日 (月)

分娩台の上で

 出産の思い出話。

 今回も前回同様、分娩のときには大学の
看護学部から来た学生さんの助産師実習を受け入れました。
 実習生がいると内診の回数なんかも倍になっちゃう(実習生が確認→助産師さんに報告→助産師さんが確認)のでちょっとつらいんだけど、未来の妊婦さんのためにしっかり経験を積んで欲しいなぁと思って、受け入れることにしています。
 私だって分野は違えど『実習』を経て免許を取った身なので、協力したいなという思いもあるし…。

 で、いざ分娩台に上がっていきんでいたときのこと。
 実習生と助産師さんの会話では、どうも頭が見えたり隠れたりしていたみたい。
 そこで助産師さんが
 「今の状態を説明して」
 という課題を出されました。
 でも、実習生は何やら困っている様子。
 これまで勉強してきたものと、自分が見ている光景が違ったよう。
 そこで助産師さんがひと言、

 「髪が薄い子は地肌が見えるから、ああいう色に見えるの」

 
いや、いいんですよ。
 いいんですけど…やっぱり今回も薄いんですか?

 そのあとも助産師さんは「薄い」を連発。
 陣痛の波が来ているときだから、そのときは笑う余裕なんて全然なかったけど、あとから親戚一同爆笑でした。

 もちろん、生まれてきたわが子は、地肌が見えるほど髪の薄い子でした(笑)。
 いいのよ、あなたのイトコたちも生まれたときはみ~んなそうだったんだから…。

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2006年9月24日 (日)

出産祝い

 今回の出産で、「一人目とは違うなぁ~」と感じたのは、出産祝い。
 前回は洋服をもらうことが多かったけど、今回は他のものが増えました。
 木や布のおもちゃだったり、フラワーアレンジメントだったり、現金(これは親戚に多かった)だったり、中にはおしりふきを段ボール1箱、なんて人も。
 
「上の子も男の子だったから服はもういらないだろうし…」って、みなさんいろいろと考えてくれたんでしょうね。

 私としては
「お下がりばっかりで悪いなぁ」と思いつつも、なおくんのためにはほとんど服も買っていなかったので、服でもうれしかったんだけど。
 と言うより、
なおくんの顔を見に来てくれて、その誕生をお祝いしてくれる気持ちが、最高のプレゼントだったりします。
 でも、そうやってあれこれ考えてくれた気持ちもまたうれしいんですけどね。

 あと、今回は
なおくんのお祝いに添えて『ともくんにも』とささやかなプレゼントをくださった方もいて、その心遣いもとってもうれしかったです。

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2006年9月20日 (水)

名付けの話

 今回の出産で、我ながら「本当にこれでいいのか?」と思ったのは名付け。
 なんと5分とかからずに決めてしまいました。

 というのも、ともくんのときにとーちゃんの名前から一文字を取っていたから。
 その字を上の子につけて下の子につけないっていうのもかわいそうな気がして、
なおくん最初から名前の下半分が決まっていたようなものだったのです。
 
 そのため、今回決めるのは名前の前半部分だけ。
 そうなると、候補はかなり絞られます。
 呼び名や漢字の組み合わせも考えると、2つか3つしか浮かばない状態。
 その中で2人ともが気に入ったのが、
なおくんの名前だったんです。

 
ともくんのとき、「聞いた感じが普通っぽくて、誰もが読みやすく、それでいて実はそんなにありふれていない名前」を目指していた私たち。
 さらに「呼び名は『くん』付けにしたい」という私のこだわりと、親戚などと呼び名がかぶらないようにということを考え、名付けました。
 加えてそこに漢字が一文字決まっているわけだから、同性の兄弟が生まれると結構大変。
 もし第3子出産!なんてことになって、それが男の子だったら、もう思いつかないよ~!

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2006年9月14日 (木)

仲良きことは美しき哉!?

 91_3_2             
 入院中の1コマです。
 
ともくん、ちょっと緊張気味。
 こういうシーンを見ると、
2人目産んで良かったなぁ~と思います。

 私には兄弟がいないので、2人が羨ましいなぁ。

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赤ちゃん返り

 私の入院中、一番気がかりなのはともくんのことでした。
 考えてみたら、
ともくんが産まれてから私と離れて寝たのは、生後4日目の黄疸治療の晩だけ。
 あとは常に隣で授乳したり、抱っこしたりしてきたわけで、
こりゃ大変だぞ・・・と不安でたまりませんでした。

 最初の晩、とーちゃんからの電話をドキドキしながら待ちました。
 一向に連絡がないので余程グズっているのかと不安を募らせていると、11時頃になって
 
「ごめん、ともくんと一緒に寝とった!」
 
なんでも、ベッドに入った瞬間に寝たそう。
 その日は風邪薬も飲んでいたし、私の出産などで昼寝もしていなかったので、それが幸いしたのだろう、と話し合いました。

 その翌日、お見舞いに来たともくんなおくんの元に直行。
 
「あかちゃん、あかちゃん」と、母より弟に釘付けです。
 
ともくんが着いたら一番に抱っこしよう、と決めていた私は拍子抜け。
 こんな調子で、
ともくんはさみしがることもぐずることもなく、退院の日を迎えました。

 でも、やっぱり家に帰ると違ったみたい。
 
なおくんのベッドを占領したり、ハイハイをして「ともくん、あかちゃん!」とアピールしてみたり。
 
なおくんに授乳しているとき、
 
「おっぱい食べるの~」
 
と、空いているほうを触り始めたときには、ついに来たか~という感じ。
 入院中はともくんなりに精一杯頑張ってたんだろうなぁ。
 でも、
よし、今は甘えさせておこう!と思って吸わせてみると、変な表情。
 それ以来、くわえるだけで吸わなくなりました。

 
・・・まずかったわけね。
 96_3
 
ともくんにしてみれば、今までよりも放っておかれる時間が増えた上に、叱られることが多くなったわけで、これは大事件。
 とは言え、
なおくんの目をつつこうとしたり、頭を力いっぱい押そうとしたりするのを止めないわけにもいかず(写真のように、口に指を突っ込んで吸わせてるのはこの際大目にみることに)。
 
「なおくんはまだ小さいから、大事大事してね」って話して聞かせてはいるけど、分かってるんだかどうなんだか。
 今は
ばーちゃんが相手しててくれるからまだいいようなものの、来週から日中は私1人になるので、かなり不安。
 
11月の退園までに、少しは落ち着いてくれよ~と、今から祈る毎日です。

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2006年9月12日 (火)

むかつくのじーちゃん

 生命の誕生はとてもめでたいことです。
 が、一方、今回はちょうど同じその時期に悲しいお別れも経験しました。

 最初の知らせがあったのは、
なおくんの退院前日。
 義母の父、つまり
とーちゃんおじいちゃん(当然ともくんなおくんにとってはひいおじいちゃんにあたる人)が倒れたという知らせを受けました。
 おじいちゃんは向津具(むかつく)というところに住んでいるので、わが家では『むかつくのじーちゃん』と呼んでいます。

 むかつくのじーちゃんは、以前倒れてから右半身が麻痺してしまい、車椅子生活を送っています。
 そんな不自由な体なのに、初めて
ともくんを連れて行ったときには
 「こりゃぁ、かわいいのぅ」
 と目を細めて、10キロ近くあった
ともくんを右腕に載せ、自由のきく左手で支えながら抱っこしてくれました。
 この夏は出産間近で顔を出せなかったけど、お正月には
なおくんも連れて会いに行くつもりでした。

 病名は『大動脈かい離』。
 地元の病院に搬送されたものの、その病院ではとても手術はできないとのこと。
 転院させるにしても、出血が止まらないことにはどうしようもないので、とにかくそれまではじっと眠らせておく、というような話でした。

 翌朝、退院直前に「もしかすると今夜がヤマかも」という連絡が。
 
とーちゃんは「なおくんに係る届けを全部済ませてから帰ってきたほうがいい」という義母に従い、市役所での手続きを済ませた午後に帰省。
 私は先生に相談したものの、当然OKは出なかったので、自宅で
息子達とお留守番。

 そして、じーちゃんはその日の夜、息を引き取りました。

 とーちゃん駆けつけたとき、じーちゃんの意識はまだはっきりしていて、会話もできるほどだったそうです。
 
なおくんが生まれたよ、と知らせたときも「よかった、よかった」と喜んでいてくれたとか。
 そのあと間もなく意識がなくなり始め、血圧が下がってきて、それでもみんなが
 
「じーちゃん、えらく(きつく)ないかね?」
 
と尋ねると、最後まで首を横に振っていたそう。

 若い頃は戦争に行き、戦後は倒れるまで船に乗っていたというじーちゃん。
 倒れたときは「寝たきりになるかも」と言われていたのに、リハビリで車の運転ができるまでに回復し、この間まで畑にも出ていました。
 私が
とーちゃん結婚した頃にはもう体が不自由になっていて、しゃべる言葉も慣れるまでは聞き取れないくらいだったけど、それでも『頑丈な人』というイメージが離れない人でした。
 そんなじーちゃんの生きざまを見せつけられたような思いです。

 
とーちゃんは、
 
「出産と葬式がこんなに続く(なおくん誕生の1週間前にも友達の葬儀があったので)ことはもう二度とあって欲しくない・・・」
 と疲れた様子。
 それでも意識のあるうちにじーちゃんと話せたこと、
親戚もみんな集まって見送ることができたことで、気持ちの整理がついたみたい。
 じーちゃんも平均寿命はとうに超えていたし、いつかお別れが来るという前提で考えれば、良かったほうなのかも、とも言っていました。

 私としては、直接お礼を言うことができなかったのは心残りだし、もう
ともくんなおくんを抱っこしてもらえないと思うとさみしい気持ち。
 でも、最後に7人目のひ孫誕生を喜んでもらえて良かった。
 じーちゃんの命は、ここにもつながってるんですもんね。
 
 来月の四十九日とお正月には、みんなで揃って会いに行こうと思っています。

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2006年9月10日 (日)

入院中のこと

 入院中はまるで優雅なホテル暮らし。
 病室にはトイレ&シャワーはもちろん、ポットに冷蔵庫、専用電話、テレビ、MDコンポに有線と、「5日でそんなに使えません!」と言いたくなるくらいの設備が。
 しかもベッドはセミダブル(ただし、これは2/3が赤ちゃん用、1/3がお母さん用のスペースなんだそうです)。

 さらに入院グッズとしてシャンプー&リンスやボディソープ、歯ブラシなどの洗面用具がかわいいトートバッグに入って置いてありました。

 出産した当日はちょうど『おやつの日』。
 突然7、8種類のケーキをのせたトレイが運ばれてきて、
「どれがいいですか?」
 まるでケーキバイキングみたい!!
 市内のケーキ屋さんから週に1回取り寄せているらしいのですが、そんなこととは知らなかった私は、ただただびっくり。
 それでもちゃっかり全部のケーキの説明を聞いてから、桃のタルトをいただきました。
 
 
 産後2日目は祝い膳。 
 バーニャカウダというサラダ(これがシンプルでおいしかった!)に始まり、前菜・パスタ・スープ・パン・魚料理・肉料理・デザート・紅茶という本格的なコースに舌鼓を打ちました。
 そしてその翌日。
 この日の午前中はリフレッシュタイムで、家庭用プラネタリウムで星空を眺めながらフットバスに浸かり、手足と肩のオイルマッサージ。
 午後にはフルーツパフェをいただいて、もう幸せ。
 
 しかも毎日の食事もおいしかったなぁ(人が作ってくれる食事って、どうしてあんなにおいしく感じるんだろう?)。
 特に朝のパンが楽しみで、バイキングの日にはいっぱい食べてました。
 他のママ達も同じだったようで、中には
「このパン、どこのですか?」と聞く人も。
 すると
「毎朝当番の人が焼いてるんですよ」と言われ、一同びっくりでした。
 
 そんなこんなでとにかく優雅な生活を送ったわけですが、別に設備が豪華だとか、サービスがいいからという理由で産院を選んだわけではありません。
 「ここで産みたい!」と思った一番の理由は、母乳育児に力を入れているから。
 
ともくんを妊娠する前から「将来、我が子は自分のお乳で育てたい」という気持ちが強かったんです。
 おかげで
ともくんのときには妊娠中から助産師さんによる乳房のチェックがあり、赤ちゃんが飲みやすい形になるようにマッサージを定期的に受けることができました。
 もちろん産後も毎日マッサージ。
 最初はうまく飲ませられなくて、授乳のときに助産師さんに立ち会ってもらって指導を受けたことも。
 そのかいあって、退院の頃には母乳の出も良くなり、
ともくんを卒乳まで完全母乳で育てることができました。

 おかげで今回はずいぶんラク。
 産後1日目に助産師さんが
「乳管を開きましょう」と来られたときにはすでに母乳が飛び出るほど。
 産後2日目にはお乳の張りもあったけど、翌日にはすっかり落ち着きました。
 助産師さんからは
「もともとは吸いにくいお乳(乳輪の大きさ、乳首の形や柔らかさなど、いろいろな条件があるらしい)だったのに、こんなに飲みやすくなって量もしっかり出てるのはお兄ちゃんのおかげ。お兄ちゃんを褒めてあげてね」と言われ、兄弟の絆を感じて、なんだかとってもうれしい気持ちに。
 お見舞いに来た
ともくんをぎゅ~って抱っこしながら、なおくんの代わりにお礼を言いました。

 ちなみに、これだけ豪華な生活&充実したサービスを受けて、退院時に支払ったのは
27万円
 私の骨量検査や
なおくんの聴力検査など、自費の検査も込みでこのお値段。
 それもかなりうれしいポイントだったりします。

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2006年9月 8日 (金)

コピー!?

_008 ←ともくん、生後1日目。







830_2 ←なおくん、生後0日目。

 さすが、兄弟・・・。

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なおくんが生まれた日

 出産から1週間経ちました。
 まだあんまり無理はできないけど、記憶の鮮明なうちに少しずつ出産にまつわることを書いていきたいと思います。

 まずは出産当日の話。

 「ちょっと今日は痛みが強いかも・・・」と感じたのは、8月29日の夜9時ごろ。
 いつもの痛みに加えて、腰やお尻にず~んと来る感じがあったので、時間を計ってみると、30分~1時間くらいの間隔で不規則にやってきます。
 まぁ、どちらにしても明日は健診日だし、ということでこの日は就寝。
 
ともくんが夜になって突然39℃の熱を出したため、ちょくちょく起きるし、痛みも来るしで、1時間おきに起きながら朝を迎えました。

 30日は予定日の健診。
 もともとは、
ともくんを保育園に預けたあと、とーちゃんと2人で産院に行く予定だったんだけど、急きょともくんを小児科に連れて行くことに。
 仕方ないのでとーちゃんが小児科、私は産院と二手に分かれるつもりでいたら、とーちゃんが、
 
「もう予定日なんだし、昨日痛がってたし、産婦人科は一緒に行ったほうがいいと思う。入院の荷物も念のため、車に積んで行こう」
 
そこでまず3人で小児科へ。
 そのときは痛みは治まっていたのだけど、一応少しでも早く済むようにと、インターネットで予約を取りました。
 
 
ともくんの診察が終わったのが9時15分ごろ。
 そのときには痛みが20分間隔で規則的に来ていました。
 それでも歩ける程度の痛みだし、波の来ていないときは全然平気だし、これは前駆陣痛に過ぎないのかな?と当の本人はのんびり。
 ところが、隣の薬局で処方を待っているうちに、痛みが本格的に。
 普通に健診に行ったら診察まで1時間は待たないといけないだろうし、それは少し不安だったので、念のため産院に電話してから向かうことにしました。

 9時30分に薬局を出発。
 産院まで2、30分かかるので、その間に携帯から連絡すると、
 
「入院の準備をしてすぐに来てください」とのこと。
 道中、次第に痛みがひどくなっていきます。

 10時ごろ産院に到着。
 血圧・体重測定と検尿をするよう言われ、それが済むとすぐに診察室へ。
 
「本当に陣痛なのかな?」と、まだ半信半疑の私。
 実は、
ともくんのときにお腹が痛くて受診したら陣痛だと言われ、一晩入院したのに結局痛みが治まって退院したという思い出があり、イマイチ信じられなかったのです。
 でも、内診をした先生の口からは
 
「午前中にはならないかな・・・」
 
というひと言が。
 ・・・ってことは、今日の午後には生まれるってこと!?
 それを聞いて、急に実感が湧いてきました。

 その時点で子宮口は5センチ開き、痛みは5分おき。
 採血のあと、すぐに病室に案内されました。
 それでも3階の病室まで自分で歩いて行ったんだから、
ともくんのときよりはえらく元気。
 
ともくんのときはこの段階で車椅子だったもんなぁ・・・。
 これはラクに産めるかも、とちょっと期待。

 ところが、病室で部屋の説明を受け、モニターをつけた頃から急に痛みが「陣痛らしく」なってきました。
 お尻に激しい痛みが来て、自分ではとてもさすることができません。
 でも、とー
ちゃんは「今のうちに」とともくん連れて近くのコンビニへ買い出しに出ていて留守。
 ヒイヒイ言っていると、ちょうど助産師さんが内診に来て、慌てたように
 
「進みが早いみたいだから、これはもう分娩室に行ったほうがいいよ。すぐ準備してくるから、待ってて」
 
と飛び出していきました。
 
 それから、あれよあれよという間に分娩室へ。
 まだまだかかると思ってのんびり帰ってきたとーちゃんもぼう然。
 本当は立会いの予定だったけど、
ともくんが発熱で託児室に入れなかったため、どちらかの親が到着するまで、病室に残ってともくんの面倒をみることになりました。
 それでもそのときは
「誰か来たら降りるから、それまで頑張って」という感じ。
 私もそれほど早く生まれるとは思っていなかったので、
「了解」と手を振っていざ出発。

 それが11時前だったでしょうか。
 そこからはホント、地獄の苦しみでした。
 陣痛の波が1回来るごとにものすごい勢いで痛みが増していって、半日かかった
ともくんのときよりむしろ辛かったような・・・。
 しかも今回は会陰切開なし。
 
「これは伸びそうだねぇ」と隣からのんきに覗き込んでいる先生に、何度「いいから切ってください!」と叫びたくなったことか。
 前回切るのは怖かったけど、切った方がずっとラクだったんだと分かりました。
 あと、前回は吸引だったので、最後はするっと一気に出たんだけど、あれも自力で産むと結構きついんですね。
  
 そして12時31分、男の子が誕生。
 出てきた男の子は
53センチ、3694グラムと貫禄充分。
 それでも
ともくんに見慣れているせいか、ものすごく小さく思えました。

 『カンガルーケア』をやっている産院なので、生まれたての赤ちゃんをすぐに抱っこ。
 最初に思ったのは、

 
ともくんのコピーだ!!
 

 もう、吹き出しそうでした。
 兄弟って、あんなに似るもんなんだなぁ・・・。
 それにしても、
ともくんのときにはもっと感動的なご対面だったのに、今回はつい笑いが出そうになっちゃうなんて。
 
なおくん、ごめんね。

 結局、とーちゃんは立ち会えずじまい。
 
「まさかもう生まれるなんて・・・」と再びぼう然。
 助産師さんに
「ごめん、ご主人間に合わなかったね」と言われたけど、あの苦しみを思うと、いくら立ち会えなくても早く終わってくれて良かった。
 
 時間が短かったおかげで、産後も体力は充分。
 病室に帰ってすぐ食事をとり、親しい人に電話やメールで出産の報告もできるほど。
 午後には義兄一家も総勢5人でやってきて賑やかになったんだけど、それも全然平気でした。
 
 予想以上だったのは、後陣痛の痛み。
 これは陣痛よりひどかったかも。
 授乳するとますます痛むので、部屋でひとり唸ってました。
 2日目からは鎮痛剤を処方してもらったけど、全然効かないし。
 陣痛は赤ちゃんに会える楽しみが待っているけど、後陣痛はあとのお楽しみなしで育児をしながら耐えなければならないので、精神的にも辛いですね。
 4、5日経って落ち着くまで、本当に苦しめられました。

 それでは、続きはまた・・・。

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